創作小説 塔の上の契約者「ドラマのようにはいかない」その2

「俺が好きなのは、レディウィズキラーっていうタイトルのドラマなんですけど」
 キャスは僅かに目元を紅潮させつつ熱弁する。「主人公は二人なのかな。男性刑事と、能力者の女性捜査官の話なんですよ! 塔からやってきた敏腕捜査官の女性がね、すっげえ美人で、クールで、優秀で、でも最初は人間味がない仕事人間なんです。警察から要請を受けて、その人が呼ばれたわけですけど、そりゃ当然のように最初はうまくいかないんです。警察の上の連中は成績を上げるために彼女を利用してるけど、でも、下の人間……現場で働く刑事たちはあまり面白くない。色々事件が起きるけど、だいたい活躍するのはその彼女で、美味しいところを持っていっていかれる、みたいな感じで反発するわけですよ。
 でも、刑事の中で一人の男性がね、他の連中とは違って人情味のある人なんです。奥さんに逃げられて、小さい娘と二人暮らししてるこの刑事さんがね、何かとその女性捜査官と関わっていくうちに、ちょっとずつ打ち解けていくというか、精神的な距離が縮まるというか、ゆっくりなんですけどいい感じなんです。
 基本的に一話完結型で、毎回何かの事件が起きて最終的には解決するって感じの展開なんですけど、裏では全体を通して一つの問題が広がっていて、うん、うまく言えないんですけど緊張感があって次回が気になる、みたいなところで区切られていて。
 で、ですよ! 女性捜査官は、ずっと前から追っている犯罪者がいて、その人間――能力者なんですけどね、そいつ。その能力者は息をするかのように人を殺す極悪人なのに、何だか他人を魅惑する雰囲気も持っているんです。だから、周りの人間をだまして逃げるのもわけないというか。
 能力者の評判を落とすから、塔の出身者である女性捜査官はそいつを何とかして捕まえたいけど、毎回出し抜かれるんです。まあ、この辺は色々と微妙ないきさつがありますけど、だんだんね、その女性もその犯罪者の魅力というか口のうまさと立ち回りのうまさに心理的にやられそうになって。
 でも、心が弱ってやばいときには男性刑事が助け舟を出すというか、うまいタイミングで呼び戻すんですよね。正義の側に。
 で、女性捜査官もちょっとだけ男性刑事に心を許し始めているけど、またこっちはこっちで問題があって、別れた奥さんがたまに関わってきて、男性刑事の生活をかき回すからもー、早く何とかしろ! ってイライラするんですけど、やっぱ面白いというか!」
「いや、熱く語ってくれるのはありがたいというか……全然ありがたくないけど」
 カレンが眉間に皺を寄せつつ、疲れたような仕草で右手を上げて彼の言葉を遮った。「まあ、あんたが映像データを見て面白がっているのは解った。ただ、それはフィクションだからね?」
「もちろんですよ!」
 キャスは明るく笑う。「いくら俺だって、現実とドラマは違うって理解してますよ!」
「ああ、そう。それはよかっ」
「俺が言いたいのはですね、先輩! 面白いフィクションストーリーを作っているのは、エリアBの人間のほうが多いってことなんです!」
「はあ?」
「だって、そう思いませんか?」
 キャスは身を乗り出してカレンの顔を覗き込んだ。カレンは厭そうに首を振って身体を後ろにのけ反らせる。
「俺、色々ドラマを見てみたんですけど! エリアAで作られている映像データって、ドキュメンタリーとか感動ドラマとか、そういうのが多いんです。人間が努力して幸せをつかむ、的な感じのやつが」
「ああ、確かにそうだろうけど」
「でも、エリアB出身の脚本家とか映像監督とか、人間をハラハラさせるような刺激的なものを作る人が多いんですよ! 純粋に、すごいと思うんですよね、これ! 俺なんかじゃ考えもつかないような話を無から作り上げるって、本当に」
「馬鹿馬鹿しい」
 そこで、イングリッドが冷ややかに言葉を吐き出した。
 彼女の眼には僅かに彼を憐れむような輝きが見て取れる。
「エリアBの人間が作った映像データで何が解る? 面白い作品を作る人間がいるから、エリアBで仕事をしてみたいということか? だとしたら短絡的すぎる」
「解ってますよー」
 キャスは情けない表情で小さく唸った。「俺、まだ外で仕事したことない新人だし、きっと俺にはまだ解らない現実とかあるとは理解してますけど。でも、期待するのは悪いことじゃないと思いませんか」
「期待して裏切られるのも一興、と開き直れるか?」
 イングリッドは目を細め、低く言う。「我々が住んでいるこの世界は、君が期待しているほど楽しいところではない」
「えー」
 キャスは不満げに鼻を鳴らしてから、本当に小さく、独り言のように呟いた。「でも、イングリッド先輩は外での任務、ほとんどしてないって聞いたし、外に対する知識だって」

「A-009」
 わたしの声は苛立ちを隠せなかった。「あなたの価値観では、エリアBで任務をしていない人間は尊敬するに値しないというの? イングリッド先輩……A-951に対するその態度は、褒められるものではないわ」
「う」
 キャスは慌てて首を横に振って、何か言おうとする。でも、わたしはそれを遮った。
「先ほどのあなたの言葉では、エリアBの人間のほうが素晴らしい映像データを作れるということよね。エリアAの人間よりも、ね。つまり、エリアBの人間が我々エリアA出身の人間よりも素晴らしいと」
「違いますよ! 俺は」
「確かにわたしも、住むエリアの違いで人間に上下関係を作るのは好ましくないと思う。かといって、エリアBの人間を崇拝するのもどうかと思う」
「崇拝してるわけじゃ」
「あなたがただのエリアAの一般人であれば、その言動は咎められることはないでしょう。でも、わたしたちは塔の人間なの。責任ある立場であり、上下関係がある。先輩である能力者への態度は改めて欲しいと思う」
「いや、あのー」
 キャスはそこで苦笑を漏らし、椅子に座りなおして姿勢を正した。「すみません。ちょっと、浮足立ってました」
「……とにかく、ボスが言ってた」
 わたしは自分の料理の皿に視線を落として小さく言う。「あなたは問題児だって。暴走したら引き留めるように、と」
「んー」
 キャスが困ったように眉根を寄せた。「俺はボスに別のことを言われましたけど。シャロン先輩を守るように、と」
「え?」
「B塔の殺人鬼、でしょ?」
 わたしの視線、カレン、イングリッドの視線も受けて、彼は少しだけ挑むような表情でわたしたちの顔を交互に見やる。「シャロン先輩が、その殺人鬼に危害を与えられそうなんだって言われました。だから、男性である俺がシャロン先輩のそばで、あなたを守るように、と」

 ――ボス、が。
 わたしの心臓が厭な音を立てる。
シャロン先輩が逮捕した犯罪者なんですよね、確か。エリアB出身者だからB塔に収監されている快楽殺人者なんだって教えてもらいました」
 キャスがそこまで言ってから、少しだけ声のトーンを落とした。「この国で起きる犯罪は、そのほとんどがエリアB出身者によって起こされるのだとも聞いてます。だから、別にエリアBの人間だからって無条件に素晴らしいと考えてるわけじゃないですよ」
「……そう」
 それならいいんだけど。
 そう考えているのが相手にも伝わったらしい。キャスが気まずそうにわたしに微笑みかける。でも、わたしは笑みを返すことはできなかった。
 ボスがそう言ったのが本当なら、わたしは信用されていないということだ。
 アクセル・ジュニアに対して、わたしの能力は力不足だと思われている。それとも、あの殺人鬼の力が強いとでも?
「俺がシャロン先輩と一緒に行動するように言われたのは、ボスがシャロン先輩を気に入っているからですよね?」
 唐突に、キャスの声が鮮明に聞こえた気がした。
「え? 何?」
 わたしが顔を上げると、キャスが無邪気な輝きを放つ瞳をまっすぐわたしに向けていた。
「ボスは先輩のこと、ものすごく心配してるみたいでした。優秀な人材は失うわけにはいかないって言ってましたし」
「え」

「ホント、気に入られてるわよね」
 カレンがテーブルに頬杖をつき、呆れたような声を上げる。「まあ、シャロンはあたしたちみたいに特化型ではないからね。いくつも能力を使い分けられる人材はなかなかいないし、そりゃ大切にしたくもなるわよ」
 ――特化型。
 それは我々能力者のほとんどがそう呼ばれる。
 ある特定の能力だけを使いこなす人間のこと。
 サイコキネシスや透視、テレパシーや瞬間移動など、誰もが知っている『有名な能力』。ほとんどの能力者は、ある特定の力を使いこなす『特化型』だ。
 いくつもの力を自由自在に使いこなす『万能型』は少ない。
 わたしだって、とても『自由自在に』とはいかない。
 いくつかの能力を使えるけれども、それらが他の能力者を超えるほどの力か、といえば劣っているのだ。
 わたしが得意としているのは物を触れずに動かすことのできるサイコキネシス。そして、キャスもまたそれを得意にしている。特化型のキャスのサイコキネシスは、わたしよりもずっと強力だ。
 ただ、いざという時に別の力も使えれば、エリアBでの任務があった時に色々なケースに対処しやすいというだけで。
 能力一つ一つに絞ってみれば、わたしよりも優秀な能力者はそれこそそこらじゅうにいるわけだ。
 ――それが……わたしの弱点。引け目。わたしの替えはそこら中にある。
 だから、頑張らないといけない。他の能力者よりもずっと頑張らねば、戦力外と思われる。そうしたら――。
 ボスのそばには置いてもらえない。

 いつの間にか、わたしは唇を噛んでいた。

「わたしは優秀ではない……です」
 わたしは僅かな逡巡の後、カレンに向かってそう口を開いた。「優秀であろうとはしてますが」
「真面目だからね、あんたは」
 カレンが唇を歪めるようにして笑った。
 そして、イングリッドがキャスに向かってこう言う。
シャロンはわたしたちの可愛い妹分でね。ボスの命令で守れということなら、従って欲しい」
「そりゃもちろん……」
 キャスが不思議そうに首を傾げた。「そんなに危険なんですか、B塔の殺人鬼って」

 今日のわたしたちの予定は、B塔での監視だけだった。
 確かに、わたし一人で彼――アクセル・ジュニアを監視するのは不安がある。戦闘訓練は受けているし、万が一襲われてもやり返すだけの能力はあるはずだ。
 しかし、相手は頭のネジがどこかに飛んでいる異常者だ。わたしの想像、予想を超えた行動を起こすことだってありうる。
 ボスが心配するのも解る――ような気がするけど、でも、わたしは彼に負けるわけにはいかない。
 エリアB出身の殺人者に、エリアA出身者のわたしが殺されたら、きっと塔の評判を落とす。もちろん、上の方々はわたしが殺されても外部には漏らさないようにするだろうけど。
「あの、先輩?」
 色々考えながら廊下を歩いていると、後ろから恐る恐るといった様子でキャスが声をかけてきた。
 食堂を出て、二人でB塔に向かっている途中の廊下。
 ただ真っ白な壁と床、天井。明るい照明。
 このA塔の内部は、ただ白い。そして安全な雰囲気が漂う。廊下を歩く他の能力者の表情も穏やかだし、廊下の両脇に出てくる色々な娯楽設置場の内部の空気も穏やかだ。
「何?」
 振り向かずに返事をする。
「B塔の殺人鬼は、先輩の命を狙っているわけですよね? どうしてゼロに帰さないんですか? 犯罪者は処分するべきではないんですか?」
「そうね」
 わたしは諦めに似た感情に押しつぶされそうになる。「彼はまだ処分するわけにはいかないの。彼の持っている能力が必要だから」
「持っている能力……。確か、違う世界に精神だけ飛ばすっていう、あんまり役に立たない能力ですよね?」
「そうね」
 彼の持っている力は、我々にとって危険性がない。
 彼がこの世界で犯した犯罪も、その能力を使ったものはなかった。彼は能力者ではあったけれども能力を悪用はしない。いや、できない。
 彼は我々が生活している空間とは違う『異世界』を覗き見て、その世界で犯罪を犯すことはあるかもしれないが、それを取り締まる法はない。
 それなのに、彼はこの世界で殺人を犯した。
 ただ楽しいからという理由で。
「彼は犯罪者で生きている価値はないと思う」
 わたしは少しだけ声量を抑えて続ける。「でも、あなたは知っている? S塔のこと」
「S塔? そりゃ知ってますよ。A塔よりも上、塔の住人のトップ」
「そう。A塔よりも警備が厳重で、身分の高い人間しか入れない場所」
 そうだ。
 識別番号Sナンバーの能力者たち。
 彼らはこの塔のエリート。生まれながらにしてSナンバー。身内が軍事関係者だったり、国王陛下の側近だったり、一般人がその姿を見たら頭を下げなくてはいけない立場の人々。
「Sナンバーの一人が、彼と同じ能力を持っているの」
「同じ能力を? へー、でもそれが」
「彼の力を知ってる? 彼は他の世界を覗くことができる。その世界に入ることができる。肉体をこの世界に残して、別の世界に入り、遊び回り、普通は帰ってこられる」
「普通は?」
「そう」
 わたしたちはA塔を出て外に出た。
 周りは高い壁に囲まれているから、天を見上げなければ空が晴れているのか曇っているのかも解らない場所。
 B塔はすぐ近くにある。少し歩けば、能力者数人によって守られている扉が見える。
 そこでわたしたちは彼らに識別番号を告げ、今回の任務を伝える。B塔でアクセル・ジュニアの監視するという仕事。
 すると、彼らは入口にある端末機械でわたしたちの識別番号を打ち込み、許可が下りたらB塔の扉が開く。
 そして、B塔の中へ。
 A塔よりも少しだけ異様な空気が漂う場所。
 白い壁、床、天井は同じだ。でも、監視カメラの数は比べ物にならないほど設置されている。そして、天井近いところに張り巡らされた金属製のレール。もしもこの塔から脱走しようとする犯罪者がいたら、そのレールの上を銃火器が彼らを追って攻撃を開始するというわけだ。
 素敵な場所よね、本当に。
「迷子になることがあるの」
 B塔の廊下で、二人きりで歩き出した後にさっきの会話の続きをする。
「え、B塔で、迷子ですか」
 キャスは急に言われて困惑したようだ。
「違うわよ。異世界の話。別の世界に行って、遊んだ時に迷子になる」
「え、迷子? あ、帰ってこれないってことっすか」
「そう。異世界とこちらの世界をつなぐ道が消えて、精神だけが遠くの世界に取り残される」
「じゃあ、こっちの世界では」
「植物人間」
「あー」
 キャスはそこでわたしの話の着地点に気づいたらしい。「そっか。S塔の誰かが別の世界に残されたわけだ!」
「そして、どうしても連れ戻さなくてはならない。なぜなら」
「Sナンバーだから!」
「まあ、そういうことね。お偉いさんの身内なら、何としてでも連れ戻さないといけない。でも、同じ力を持っているのがあのアクセル・ジュニアだけ」
「なるほど。つまり、その任務が終わるまで処分できない。終わったら彼はゼロに帰る」

 ――そうね。
 任務が終われば彼は処分される。
 処分されたくないから、彼はわざと任務が終わらないように時間を引き延ばしている。彼は毎日、あの独房で何をしている? 寝て、食事をして、それだけ。
「でも、俺だったらゼロに帰りたくないから、絶対に任務をしないと思いますよ。もし、俺がその殺人者だとしたら、ですけど」
「そうね。皆、それを理解してるから、彼をその気にさせるすべを考える」
「その気に?」
「そう」
 やがて我々はある部屋の前で足をとめる。長い廊下の途中に、いくつも扉が並んでいる。その中の一つ。
 扉の横にある、識別センサー機器の前に立って、自分の肉体のチェックを受けながら小さく呟く。
「わたしはね、餌なの。アクセル・ジュニアを動かすための餌にすぎない。Sナンバーを助けるためだったら、取り換えのきく能力者の一人」
「……自虐的ギャグっすか」
「これが現実よ」

 そして、扉が開いた。
 現れたのは小部屋。さらにその奥に重々しい扉が待っている。
 我々の背後で先ほどの扉が閉まる。その後で、アクセル・ジュニアのいる部屋の扉が開いた。
「よー、ねーちゃん」
 ベッドの上に腰を下ろし、不機嫌そうに、無気力そうな目をこちらに向けた彼の姿が目に入って。
「失礼します」
 キャスがわたしの前に立って、アクセル・ジュニアに向かって緊張した声をかけた。「あの、俺はキャスっていいます。あなたの犯した犯罪について興味があります」

 一瞬、アクセル・ジュニアがひどく冷めた目でわたしを見つめた。そして、キャスを指さして言った。
「何コレ」

久々すぎる更新とかコーヒーとか色々。

インフルエンザB型にかかった年末年始。

久々の連休だ! 遊ぶぞ! 文章書くぞ! と浮かれていたのに、結局寝て起きて食べて家に引きこもってお正月は終了しました。

そして、気が付けばもう1月も半分を過ぎてしまったという現実。

とりあえず、ぼちぼちと「小説家になろう」のほうも更新したりして、せっかくだからブログも更新してみようと思った次第です。

 

さて。

ここのところ、ハマっているのはコーヒー関連。

ずっと前から欲しかったカリタのナイスカットミル(旧品番)を買って、珈琲問屋さんで豆を買って、ハンドドリップでいれるコーヒーの美味しいことといったら!

私がコーヒーが好きになったのは随分前になりますが、喫茶店で飲んだガテマラが美味しかったのがきっかけ。

最近、珈琲問屋さんでガテマラのミディアムローストを買って飲んだけど、記憶よりもちょっと酸味が強かった。

あれ、ガテマラってもっと苦味のほうが強くなかったっけ? みたいな。

じゃあ、フルシティローストで買えばよかったか? と思って買って飲んでみたけど、ハンドドリップで飲むにはちょっと深煎りすぎた気がする。

 

何だかんだでコーヒーって奥が深いなあ、と思ったりします。

現在私は家でのハンドドリップではカリタの三つ穴ドリッパーを使用してますが(300円くらいで売ってるプラスチックのやつ)、職場のイベントでハリオの円錐型ドリッパーを使う機会があって、そっちもなんだかいい感じだったんです。上手く説明できないけど。

お湯の落ちる速度とか、感覚的な問題かなあ。

美味しくいれられたしね。

コーヒーにハマると器具関係にもこだわる人が多いのが納得できる感じ。色々試してみたくなる。

 

そういえば。

私は随分前に一度だけ、奇跡的なまでに美味しいブレンドコーヒーを飲んだことがあって。

あまりにも美味しかったので、もう一度その店にいって同じものを頼んだのに、その味は再現されなかった。

何だろう、焙煎なのか、お店の人の腕なのか。未だに理由は解らず。

 

自分でも美味しいコーヒーを淹れられるように頑張ってるけど、なかなか難しいのです。

日々、精進ですな。

創作小説 塔の上の契約者「ドラマのようにはいかない」その1

「呆れたぁ。聞いたわよ、B塔のクソガキの見張りに名乗りを上げたって」
 目の前にいる赤毛の美女が、眉を跳ね上がるようにして笑う。長い髪を後頭部で無造作に縛っているだけの彼女だが、美女というのは得だと思う。後れ毛ですら色気を感じさせる。
「彼を捕まえたのはわたしですから。少なからず責任を感じます」
 わたしは先輩でもある彼女に対して軽く頭を下げてから、手に持っていた食事のトレイをテーブルに置いた。それから、椅子を引いて彼女の近くに腰を下ろす。
「責任ねえ? 正直なところ、関わらないほうが正解だと思うけど」
 彼女――識別番号A-852は苦笑しつつ、手にしていた野菜ジュースのカップを口元に運んだ。「まあ、あんたらしいと言えばそれまでだけど」
「先輩だったら、関わらなかったですか?」
「もちろん! あの問題児と関わって、何か利点はある?」
「利点……は、ないと思いますが」
 わたしは小さく唸った。「それより先輩、彼をただの問題児で片づけます?」
「あらぁ。問題児以外に何て呼ぶの?」
「……殺人鬼とか、殺人狂、とか」
「そんなカッコイイ呼びかたは似合わないわ。アレはただの子供よ」
「ただの子供……」
 そんなことが言えるのは、先輩くらいだけだと思う……と考えて、いや、ボスもそうだろうな、と思い当たった。
 ボス、このA塔とB塔の管理者。我々の上司。
「おはよう」
 そこに、聞きなれた声がかかった。
 わたしが顔を上げると、短い銀髪の女性がすぐそばに立っていた。相変わらず、気配を感じさせない人だ。いつも無表情で、そっけない口調が特徴的な彼女。A-951、彼女の識別番号。
「おはよ、イングリッド
 先輩は――赤毛の彼女、A-852は薄く笑って見せる。
 そしていつも思うのは、識別番号というのは人間を認識、呼ぶにはあまり適さないということだ。
 ――名前というのは、我々が思っている以上に重要なのだよ。
 ボスがそう言ったことがある。
 でも、識別番号で呼び合うことを、この塔では基本的には推奨されている。正式な場では識別番号で呼ぶのは当然なこと。
 でも、それなりに接点が生まれるとお互いのことを名前で呼ぶことが多くなった。
 仲の良い証拠、なんだろうか。わたしにはよく解らない。
「カレン、この席、いい?」
 銀髪の彼女――イングリッドは背筋を伸ばした格好で、食事のトレイを持ったまま赤毛の先輩――カレンに訊いた。
「どーぞ」
 カレンは軽く手をひらひらと振って、空いた椅子を勧めた。
 すると、イングリッドは音もたてずに椅子を引き、腰を下ろした。
 気配も感じなければ、足音も物音もたてない彼女には、もしかしたら体重というか質量というか、そういったものが存在しないのかもしれない。
シャロン、食べないの?」
 イングリッドはわたしの食事のトレイをちらりと見て、全く手をつけていないことに気づいてそう声をかけてきた。
 シャロン、それがわたしの名前。
 出生証明書に書かれた、一般的な、よくある名前だ。
「食欲があまりなくて」
 そう返事をすると、彼女はわずかに首を傾げて見せた。
「朝の健康チェックは?」
「問題ありません」
「そう」
 彼女はそれだけ言うと、視線を自分の食事のトレイに戻した。
 我々の健康を考えた食事。それがこの食堂では出される。
 わたしたちには、それぞれ自分の部屋が与えられている。寝起きするのに必要なものが設置された部屋。机と椅子、クローゼットにベッド。
 ニュースが流れるだけの映像機器と、そして各自の健康をチェックする医療マシン。
 医療マシンで収集されたデータはこの塔のコンピュータに送られ、それぞれに適した食事内容となって反映される。
 わたしの食事は、本当に一般的なメニューだ。
 くるみ入りのオートミールスクランブルエッグにサラダ、ヨーグルトとフルーツ。
 そして、イングリッドの食事もわたしと全く同じ内容だった。
「仕事、楽しい?」
 イングリッドはわたしを見ずに言葉を続けた。
 わたしは少しだけ戸惑いつつ、「ええ、まあ」と応える。しかし、厳密に言えば楽しいというわけではないとも考えた。
 命令された仕事をこなすことで、毎日が充実している。一日があっという間に終わる。
 楽しいと思えないことも多い。厭な事件などを目にした場合は特にそうだ。
 それでも、自分に何かやれることがあるというのは自慢できることだ。胸を張って生きていけるということ。
「あなたは優秀だから、そう答えるしかない。でも、食欲のなさはストレスからきていると考えるべきでは?」
 イングリッドはそこでわたしを見やり、本当に微かに眉を顰める。
「ストレス……?」
「有名だ。B塔の……識別番号は何だったか」
「B-101です、先輩」
 通称、アクセル・ジュニアと呼ばれる少年のことだ。
 ゼロに返るべきだった人間。
 人間を殺すことに執着し、喜びを感じるアレは――わたしたちと同じ人間とは思いたくない。
「B-101、か。所詮、B塔の連中と我々A塔の人間では、考えかたも生きかたも、何もかもが違う。関わるべきではなかったと思う」
「そうかも、しれませんが」
 わたしは少しだけどう応えるか悩んだが、正直に言うことにした。「自分がやれることをやってみたいと思いました。それに、彼が役目を果たさなければ、我々――塔の能力者の存在意義すら問われる状況になると思いませんか?」
「ああ、確かにそれは一理ある」
 イングリッドはそこで不本意そうに頷いた。「上階の連中……いや、方々は困ったものだ」
 彼女の台詞には、少しだけ皮肉げな響きがあった。何らかの感情が感じられるのは、彼女にしては珍しい。
「ま、簡単に言えば、B塔の馬鹿をおだててその気にさせて、任務を終わらせるのがあんたの仕事ってわけね」
 そこに、カレンが口を挟んできた。
「身も蓋もない言いかたですが、その通りです」
 わたしはそう頷いてから、あの殺人鬼を『おだててその気にさせる』というのが難しいことだと認めざるを得なかった。「心理学をもっと真面目に習っておくべきでした。そうすれば、もっと簡単に彼を操れたでしょうか?」
「心理学ねえ?」
 カレンは頬杖をついて、小さく笑う。「犯罪心理学じゃなく、普通の心理学ってこと? 無理じゃないの? 少なくとも、真面目なあんたには無理だと思うわよ」
「真面目だからこそ、いいんじゃないんですか?」
「解ってない、解ってないなあ」
 カレンが呆れたように肩をすくめる。そして、何か言葉を続けようとした瞬間、この場に新しい声が響いた。
「おはようございます、先輩方!」
 わたしたちが顔をその声の主のほうへ向けると、そこには金髪巻き毛の少年が立っていた。
「え?」
 カレンが困惑したように声を上げ、イングリッドが形の良い眉を顰め、そしてわたしはただ小さく唸るだけだった。

「あの、食事を一緒にいただいてもいいでしょうか」
 少年――A-009は無邪気な笑顔を崩さずに、手にしていた食事のトレイをテーブルの上に置いた。『いいでしょうか』と問いかけているわりには、断られるなんて考えていないようで、そのまま空いた椅子を引いてその場に腰を下ろした。
「すいません、新人なんで空気読めなくて」
 笑いながらそう言いつつ、あっという間に食事の皿を空っぽにしていく彼に、カレンは不審げな色の浮かぶ瞳を向けている。
「……どなた様?」
「あ、すみません、俺はA-009です。キャスと呼んでください」
 彼――キャスはそこで食事の手をとめ、照れたようにカレンに笑いかけた後に続けた。「今日から、シャロン先輩にお世話になります」
「え?」
「どういうこと?」
 あー、うん。
 わたしは深いため息をこぼしてから、改めて背筋を伸ばし、カレンとイングリッドを交互に見つめた。
「ボスからの命令で、新人の面倒を見ることになりました」
「はあ?」
「何で?」
「ボスは……わたしがB塔の人間にかかりきりになるのは好ましくない、と。できれば、この新人の教育をしておとなしくしてもらいたいと思っているようなのです」
「なーるほど」
 カレンはぽん、と手を叩いて続けた。「で、おとなしくできそうなの」
「解りません」
「おい」
「だって本当に、解らないんです」
 わたしはここで唐突に気づいた。
 わたしが食欲をなくしている原因。それは、アクセル・ジュニアなんかじゃない。この、目の前にいる無邪気で能天気な少年、キャスが原因なのだ。

「厄介ごとを抱え込むのが得意なようだ」
 イングリッドは無表情のまま言う。
「教育できんの? あんたが?」
 カレンが楽しそうに笑っている。まるで他人事のように。いや、それは間違いなく他人事なのだけれど。
「自分の知っていることを教えてやれ、と言われましたが……」
「そのくらいだったら誰にでもできるわ」
 カレンの言葉がわたしに突き刺さる。
 ええ、そーでしょうとも!
「でもボスは、そんなことをしている時間はありません、って言っても聞いてくれませんでした」
「お疲れ! 頑張れ! いいじゃん、楽な仕事だよ!」
「……先輩、わたしの代わりにこのA-009を」
「お断り」
「楽な仕事だって言ったじゃないですか、たった今!」
「あんたと違って、あたしは忙しいの! 暇といえばイングリッドが」
「却下する」
「ちょ」
「いや、あのー」
 そこにキャスが明るい笑い声を上げて会話に参戦してきた。「ちょっとよく解らないんで、色々教えてもらいたいんですけど、先輩方!」
「何よ」
 カレンは挑むような目つきで言葉を返す。
 しかし、その好戦的な様子など気にしていないのか、それとも気づいていないのか、キャスのお気楽な笑顔は崩れない。
「俺、本当に何も知らなくて申し訳ないんですけど! いつ、先輩方はエリアBで任務をするようになったんですか? 俺もすぐ塔の外で仕事をするようになります?」
「そりゃ、個人差はあるけど」
 カレンの声に少しだけ困惑が混じり、だんだん憐れむような表情に変化していく。「何よあんた、外で働きたいの?」
「そうですそうです! だって、楽しそうじゃないっすか!」
「あらぁ」
 カレンはそこでちらりとわたしに視線を投げ、その目を細めて苦笑した。「あんたと同類?」
「一緒にしないでください」
 そう応えながら、わたしは少しだけ、自分の考えの中に意識を沈めた。

 わたしたちが生活しているこの塔は、特殊能力を持つ『能力者』だけが生活できる場所だ。誰もがここを『塔』と呼ぶけれど、見た目は高層ビル群と言っても間違いではないと思う。最新技術によって構築され、能力者によって守られたビルの群れ。
 この国の中央には、国王陛下が生活する巨大な城がある。
 その城を守る軍事施設と、我々が住む『塔』が城を守るように建設されている。
 その様子を空から見下ろせば、この国の持つ軍事力が大きいと気づかされるだろうと思う。他国から何か攻撃をするにしても、ためらうくらいの抑制力にはなっているはずだ。
 事実、もうずっと他国との関係は良好で、問題らしい問題は何もなかった。
 その反面、国内ではそれなりに問題視されていることもある。
 生活の格差というやつだ。

 城、軍事施設、塔をこの国の心臓部として、その周りに円の形に存在するエリアがある。分厚い壁でぐるりと取り囲まれたその地区を、エリアAと呼ぶ。
 エリアAに住むには、この国の特殊機関による検査が必要だ。肉体的、精神的にも健全であるかどうか、厳しいチェックを受けねばならない。
 だが、エリアAの居住許可を受けた人間は、安定した生活を約束される。
 仕事一つにしても、充分な給料と充分な休息時間を与えられるのだ。
 ストレスのない社会。
 エリアAが目指しているのはそういったもので、今のところは成功している。
 しかし、問題となっているのは『ここ』ではない。
 エリアAは分厚い壁と軍人に守られた門で閉ざされているが、その周りには広大な一般地区がある。
 それがエリアBだ。
 エリアBに住むのは、エリアAに住む資格のない人間。
 つまり、人間の中でも優秀ではない、その他大勢、といった感じだ。
 色々な人間がいて、色々な問題も抱えるのは当然のことだろう。
 仕事だって、エリアAと比べると質も給料も落ちる。つまり、生活水準が低くなるというわけだ。
 エリアAではほとんど犯罪らしい犯罪は起きないが、エリアBでは毎日何かしらの犯罪が起きる。警察機関は必死にそれを取り締まっているものの、やはり手におえないものも出てくる。
 そういった時に、我々塔の能力者がエリアBで犯罪者を取り締まる任務につく。
 でも――。
 わたしはまだ、エリアBでの任務に慣れているわけではない。
 本当に数度、命令された任務をこなしただけだ。
 それだけでも気が付かされた現実。それは、エリアBに住む人間がエリアAに住む人間を好ましく感じていないということだ。
 羨望だろうか。
 楽に幸せに生きていける人間と、そうでない人間。
 裕福な人間と、そうでない人間。
 同じ国に住みながらも、エリアAとエリアBの人間は時々いがみ合うこともあるのだと気づかされた。いや、いがみ合っているわけではない。エリアAに住む人間は自分が高いところに住んでいると自覚し、エリアBを見下ろす。そこに同情はあっても、諍いは生まれたりはしない。
 ただ、エリアBの人間が、エリアAの人間を嫌うだけなのだ。
 任務だから、わたしはエリアBに出た。きっと、塔に住む能力者のほとんどが、エリアBでの任務を好まない。何らかのトラブルに付きまとわれることが多いし、ストレスもたまる。
 ストレスのない社会。
 それを目指しているのがこの国だと思うのに、そこにたどり着くためにはかなりの心的苦痛を伴う。
 楽しいわけはない。
 ただ――やらねばならないだけ。
 他の皆がやりたくないのなら、やれる人間がやる。だから、わたしはできるだけエリアBの仕事を受けようと思った。
 自分の成長のために。

「とても外での仕事は楽しそうだとは思えない」
 イングリッドがそう言っているのが耳に入ってきて、わたしは少しだけ意識を外界に向けた。彼女は冷ややかな目つきでキャスを見つめ、こう続けている。
「塔の中で規則正しく生活していれば、あらゆる面で豊かに生きていける。健康的な食事もそうだが、スポーツジム、図書館、娯楽類も充分にあるじゃないか」
「そりゃそうですけど」
 キャスは唇を尖らせ、僅かな不満をその表情に乗せた。「でもやっぱり、色々経験したいっすよ! エリアBの任務は危険だとよく聞きますけど、でも、魅力もたくさんあるじゃないですか!」
「魅力?」
 イングリッドが『そんなものあるだろうか?』と言いたげな視線をカレンに投げ、カレンは呆れたように肩をすくめて見せるだけだ。
 そして、そんな二人を見てあからさまにがっかりしたような表情のキャスが、わたしに向き直った。
シャロン先輩は解ってくれますよね! エリアBですごい活躍をしたそうじゃないですか! やっぱり、興奮しました?」
 きらきらと輝くその双眸は、ずっと見つめていると目をそらしたくなるほどだった。
 興奮なんてしない。
 緊張はあった。任務を遂行するために、目にした光景に怖気づくわけにはいかなかったからだ。
 キャスは知っているのだろうか。
 エリアBで起きる事件は、そう簡単に忘れることができないほど悲惨なものもあるのだということを。
 アクセル・ジュニアのような狂人が、残酷に人間を殺すこともあるのだということを。
 あの光景を見たら、いくらなんでも……。

「俺、見たんですよ!」
 キャスは無邪気に笑いながら言う。
「何を?」
 カレンが疲れたような口調で訊く。
「ドラマです、ドラマ!」
「は?」
 カレンもそうだったけれど、わたしも困惑してキャスを見つめる。イングリッドは相変わらずの無表情。
「ほら、データ室で色々な映像データも見ることができるじゃないっすか」
「映像データって……ああ、テレビドラマのことを言ってるの?」
 カレンが間の抜けた口調で続けた。「確かに、データ室では過去に放送されたテレビ番組が保管されているはずだけど」
「そうです、そうです!」
 キャスは熱のこもった目つきでカレンを見つめ返し、真剣だと誰にでも伝わる声でさらに続けた。「エリアBで、すごいヒットしたテレビドラマシリーズがあるの知ってます? 警察を舞台にした話で、すっげえ面白いんすよ!」

「バカだろ、こいつ」
 一瞬の後、カレンが短く言うのが聞こえた。
 イングリッドとわたしはただ無言だった。

創作小説 塔の上の契約者「やられたらやり返すのが普通でしょ?」その4

「全く、何だかなー」
 俺はベランダの手すりに寄りかかり、それほど遠くはない地面を見下ろしてため息をついた。
 そこにはさっきのねーちゃんの姿はどこにもない。しかし、姿は消えてしまっているものの、遠くに気配は感じられた。
 魂だけの存在っていうから、肉体を持つ存在よりは無に帰りやすいのかと思えば、どうやら違うらしい。ねーちゃんの思念のようなものが、奇妙なうねりのようになって空気を震わせているのも解る。
 不思議なもんだ。
 面白い、とも言える。
 死んでも意識だけが生き残るなら、別に死んでも怖くないんじゃねえかな、とも思うのに……。
 ああ、そういえば。
 俺はそこで振り返り、改めて自分のやった成果を見下ろした。
 ゴミためのような部屋の中で、切り裂かれた喉から大量の血を吐き出して死んでいる女。その表情には、明らかな恐怖と驚きがあった。
 俺にしちゃあ、簡単に終わらせたもんだ。いくら時間がないとはいえ。
 だから、綺麗じゃない。
 下準備なしって、やっぱ、嫌いだね。同じ、ゴミの中で殺すにしてもゴミの並べ方、血の吹き出し方まで計算して殺すべき。
「……よー、ねーちゃん」
 そして、俺はその死体に歩み寄って声をかけた。「死んでる? それとも起きる?」
 しかし、当たり前だが返事はなかった。普通は死体は返事をしない。俺の住んでいる世界ではそうだ。
 でも、この世界は違う。
 俺をこの世界に呼び込むきっかけになったねーちゃんのような、魂だけの存在がいる。
 それなら、この死体も返事をするかと思ったんだが。
 俺は少しの間、その死体を見下ろしていたが、何も変化がなさそうだと結論付けて頭を掻いた。
 ――さて、帰る時間かな。
「さっきの駅、か」
 俺は唸るようにそう呟いてからベランダへと戻り、ゆっくりと天を仰ぐ。この狭いベランダからでも、空の広さは確認できる。そして、帰り道も。
 俺がこの世界に出現した場所である駅、そこから空を切り裂くように走る鮮烈な光の道。
 あの道が残っている限り、『迷子』にはならない。帰り道が存在する限り、簡単に元の場所――あの部屋に戻ることができるのだ。俺が帰ろうと思えばすぐにでも。
 俺の手の中にある奇妙なものは、『媒介』だ。俺たちの世界と、別の世界をつなぐもの。
俺から見れば、化学式の固まりのような奇妙な結晶としか映らない。だが、別の世界の人間が見ると違うらしい。
 その辺りの仕組みは解らないが、正直、俺が持つ能力がどんなものであれ、楽しければ何でもいい。
 そうだ、楽しければ。
 俺はベランダの柵に手をかけ、駅へと飛んだ。

 ねーちゃんは最初、見かけた場所にいた。
 駅のホームのベンチに座り、青白い頬は石のようにぴくりとも動かない。その視線は自分の足元に向けられていたが、その双眸に何の光も存在しなかった。
「あれ? どーしたの」
 俺はねーちゃんのそばにしゃがみこんで、その顔を覗き込んだ。
 すると、その凍っていた瞳に変化があった。
「……あれ?」
 ねーちゃんは急に驚いたように息を吐き、肩を震わせてから慌てたように辺りを見回した。「なんで、こんなところに」
「覚えてねーの?」
「え、と。あなた、誰?」
 初めて会う人間に向けるような表情で、そんなことを言う。「私、なんでこんなところに、あれ?」
 元々気の弱そうな眉が僅かに顰められると、真剣に悩みだした気配が伝わってくる。そこには、思いつめた様子もなく、ただ単純に困っていると言いたげな――。
「おっと、こんなことしてる場合じゃなかった」
 俺は苦笑しつつ立ち上がった。
 どうやらねーちゃんは、さっきのことを覚えていないらしい。いや、もしかしたら自分がここにいる意味も、自分が死んでいることすらも?
 しかし、そんなことどうでもいいことだ。
 俺が気にしなきゃいけないのは、目の前の『帰り道』が急激に薄れ始めているということ。

 俺が別の世界へと入り込むことができるのは、その世界の人間の強い意志に引かれるからだ。
 電波の周波数が合うという感じだろうか。突然、相手の声が聞こえる。
 ただ、ここまでは声が聞こえるだけだ。
 その世界へと入る道を開くには、相手の意識と自分の意識をつなぎ、簡単な媒介を作らなくてはならない。相手が俺の言葉を聞くに必要な何か。
 今回は、あのねーちゃんが思い描いたものが媒介となった。誰かと話す道具。
 それができてしまえば後は簡単で、その世界に入って自由に行動できる。ただし、俺を呼んだ奴の『強い意志』というのが面倒で、基本的にはそいつの願いがかなった時点で道は閉じる。それも永遠に。
 ――だから、このねーちゃんとのつながりもこれまでだ。
 俺は消えかかった光の道へと飛び込んで目を閉じる。
 道を通る時は、多少の吐き気を伴う。まあ、些細なことだが。
 そして、目を開けた時に見える白い天井、煌々と輝いて俺の目を眩ます電灯。背中に伝わるベッドの硬さ、空調の回る音。
「……平和だねえ」
 俺は欠伸を噛み殺しつつ、ベッドから身を起こした。
 そして、俺からは開くことのできないドアを見つめる。
 夕方、同じ時間に見回りがくる。その時、俺がベッドで意識を失っていれば何かと追及を受ける。
 ――まあ、俺がどこかの世界に旅行にいっていたというのは、ボスだったら気づいてるかもしれないが。
 そんなことを考えていると、廊下を歩いてこちらにやってくる、聞きなれた足音に気づく。
「自由にやっているようで、困ったものだな、アクセル・ジュニア」
 そう言って苦笑しながら入ってきた短い銀髪の男だ。
 俺はベッドに座った格好のまま、右手を挙げて返した。
「自由にやっていても、処罰するわけにはいかないってのもつらいねえ、ボス」
「それはどうかな」
 ボスは困ったように眉を顰めた。
 長身痩躯のこの男、俺の親父よりはずっと若いというのに、この塔の管理者の一人。管理者だけあってその能力は他の連中とは桁違いで、この男が歩くとその周りの空気も歪む。名前は以前教えてもらったが、覚えるのが面倒だった。だから、俺はただこの男をボスと呼ぶ。
 実際、今の俺の上司だし?
 間違った呼び方じゃないはずだ。
「他の管理者の手前、自分の部下がいたずらしていたら叱らねばならない。それは多少の痛みを伴うかもしれない」
 ボスが何やら言葉を続けているが、俺は耳の穴に指を突っ込んで掃除を始めることでそれを聞き流す。
 ――痛み、ねえ?
 正直、そんなんどうでもいい……と笑ったその時、俺はボスの背後にいるもう一人に気づいた。
 ボスの背後に隠れるようにして――いや、ただ単に小さくて見えなかっただけかもしれないが――顔をしかめていた女。
 それは。

「くそ」
 俺は思わず自分の腹を抑えつつ口を開いた。「よう、覚えてるぜ、ねーちゃんよー」
 俺の喉から漏れた声は、一気に低くなった。吐いた息が冷たく感じる。居住まいを正し、ベッドに座ったままの格好で両手を膝に置く。自然と俺の手はズボンの布をつかみ、引き裂くほどの力がそこに生まれる。
 なぜなら、その女は。
 俺と同じような年齢で。
 短めの金髪で。
 痩せていて、幼い顔立ち。
 しかし、その表情だけは大人びている、真面目な性格を見事に映し出す瞳を持った……女が口を開く。
「……B-101」
 それは、俺の部屋番号であり、通常の呼び名。
 B-101。別に、呼び名なんて何でもいい。そして、こいつの名前すら。
 しかし間違いない、こいつだ。
 俺の、獲物だ。
「覚えてるぜ、ねーちゃん」
 自然と俺の唇が歪んだ。
 狂喜、だ。
「俺をここに連れてきた奴。しかも、肩に一発、腹に一発、足に一発、見事に銃弾を撃ち込んでくれたねーちゃんだろ?」
「……だから?」
「痛かったぜえ? ああ、覚えてんよ、厭ってくらいになあ」
 俺の喉から漏れる笑い声に、嫌悪感を覚えたのか女が一歩後ずさった。
 ああ、いいね、その表情。そのまま恐怖へと変わればいい。偉そうに上から見下ろすその目が、地へ落ちるのはいつになる? 地べたを這いつくばって、命乞いするのは?
「……あなたは本当なら、ゼロに帰るべきだった」
 女が唇を強く噛んだ後、俺を睨みながら言葉を吐き出す。「殺人狂に慈悲など必要ない。存在する意味もない。やむを得ず生かされているということを忘れるほど愚かな人間だとは思わなかったのに、結局のところ、犯罪者などその程度の頭しか持たない」
「へーえ? 俺がいつ、忘れたよ?」
 やむを得ず?
 そんなん、忘れるはずないだろ?
 塔の上層部の連中が俺を生かしておく理由は一つだけ。俺にしかできないことがあるからだ。そして、その役目が終わったら処分される。この世界から消え、ゼロに帰る。
「ゼロに帰るのが怖いから、上から命じられた役目も果たさず、好き勝手に遊んで時間を引き延ばしている。否定できるのならしてみたらいいでしょう」
「馬鹿にしてんのか、てめえ」
 俺は肩を揺らしながら笑う。
 ゼロに帰るのが怖いから?
 バーッカじゃねえのか、このくそアマ。
 俺が遊んでんのは、遊びたいからだ。殺してんのは、殺したいからだ。
 殺されるのが怖いなんて考えたこともない。殺される覚悟もない奴が人間を殺すか? 俺はいつ死んでもいいんだよ、アホかこいつ!
「あなたには馬鹿にするほどの価値もない。人間扱いされると思わないで」
「んだとゴルァ」
「何よ」
 女の双眸に強気な怒りが燃えるのが見えた。俺は思わずベッドから立ち上がると、女の顔のそばで睨み返してやろうとした瞬間。
「そこまでにしてくれ、アクセル・ジュニア」
 ボスが困ったように右手を上げ、俺と彼らの間に透明な壁を作った。能力者であるボスのこの力は、他の能力者のどんな攻撃も跳ね返す。そして、その壁で俺の全身を覆ってしまうこともできる。中の空間を圧縮すれば、あっという間に人間は二次元の存在に仲間入り、というわけだ。プレス機械に押しつぶされた、哀れな死体の出来上がり。
 まあ、今のボスはそんなこと、やりたくてもできるわけがないが。
 俺は唇を歪め、鼻からあきれたような響きになるように息を吐き出して見せる。
「ああ? 俺の性格を知ってるなら、そのねーちゃんを俺に見せたらトラブルになるって解ってんだろ?」
「確かに」
「じゃあ、なんで連れてきた? 飢えた犬に餌を見せてどうしようと?」
「自分を犬呼ばわりか、アクセル・ジュニア」
「犬扱いしかしてくれてねーくせに」
「私はしてなかったのだが」
 ――けったくそ悪い。
 ボスの表情は穏やかなままだ。何を考えているか解らない笑顔を背後に向け、そこに硬い表情で立ったままのねーちゃんにこの部屋を出ていくように目配せする。
 一瞬だけ、ねーちゃんが納得いかない様子でボスを見つめ返したが、すぐにあきらめたように踵を返してドアの外に消えた。
 この部屋に残ったのは俺とボスだけ。
「彼女は私の優秀な部下だ。期待の新人、というやつでね」
 ボスは解りきっていることを言う。だから何? ってやつだ。
「だから、本当は君と接触はさせたくはない。外での任務にも慣れていないし、まだこれからという人間だ」
「で?」
「だが、君がやるべきことをやらずに遊んでいるせいで、他の管理者から問題提起と提案が上がった。結果、君に見張りをつけるべきだ、と」
「見張りぃ?」
「ああ。君が真面目に自分の能力を『一日中』使い、任務を果たすように」
「一日中、ねえ。任務を果たす前に死ぬだろ、それ」
「悪いね、他の管理者は君に対する思いやりがない」
「あれ、ボスはあんの?」
「あっただろう?」
「んー」
 俺が唸りつつ首を傾げると、ボスはいきなり俺の頭を左右から両手で押さえつけた。
 そして、つかんだボールを握りつぶすかのように力を込める。
「それでね」
 ボスの笑みは崩れない。
 そして、その指に込められた力も緩まないどころか強くなる。頭皮が裂けるような痛みと共に、頭蓋骨が軋む音が聞こえた。
「君の見張りとしてね、彼女が立候補したんだよ」
「いていていて、ボス、ちょっと待った」
「経験も浅く、力はあるが暴走しがちのあの部下がね、困ったことに私の知らぬ間に他の管理者にその話をして、受理されたわけだ」
「いたい、痛いって!」
「私はね、解っているよ、アクセル・ジュニア」
 そして唐突に、ボスは俺を解放した。
 俺は安堵の息を吐いてベッドに腰を下ろし、ボスを見上げる。それから、急激に話の内容を理解して困惑した。
「え、何それ。狼の罠に自ら飛び込むウサギ? 何なの、あのねーちゃん、そんなバカなの?」
「ああ、そうだ」
 あっさりと俺の疑問を肯定したボスは、僅かに目を細めて俺を見つめなおす。「私は解っているのだよ、君の性格をね」
「……だろーね」
「君は絶対、やられたらやり返す人間だ」
「まーね」
「彼女は君を逮捕する際、君を撃った。その痛みを絶対に忘れず、受けた痛み以上のものを彼女に返した上で、惨殺することを喜びとするだろうことも予想はつく」
「うん」
「君がこの塔に捕らわれてからおとなしくしているのも、彼女を殺してからではないと逃げるつもりがないからだ。困ったことに、君に脅しはきかない。死にたくなければ彼女に手を出すな、と告げたとしても君は死ぬことを恐れない」
 ――よく解ってるこった。
「だからね、こういう意見も出た」
「ん?」
ロボトミー手術をして、栄養剤を胃に流し込みつつ尿道カテーテルを突っ込み、ベッドに括り付けて任務を果たさせる方法もある、と」
「……んー」
 さすがに俺も眉を顰めた。ちょっとそれは納得いかない。
「そうなったら最後、君はもう二度とこの塔で人間扱いされることはなくなる。この私ですら、できないと思う」
 ロボトミー手術ね。完全な人形であり、肉の塊。そんな存在になってまで、生きていくのはただの恥さらしとしか言えない。
「君は死ぬことを恐れない代わりに、無為な生き方も好まない。困ったことに、あの部下もその部分だけは君によく似ている」
 ボスはそれから少しの間、俺の戸惑いを観察していたようだった。
 俺は思わず彼に訊いた。
「俺が別の世界で任務をやっている間、意識がないわけじゃん? その間に手術をするなんてことはねーよな?」
「私の部下に手を出さない限りは」
「くっそ、予想外な脅し方じゃねーか」
 俺は頭を抱えてため息をつく。
 どうする? 頷くしか道はなさそうだ。

 でも、ボスは正しい。
 俺はやられたらやり返す。何があっても、俺はあのねーちゃんを殺すことはあきらめないだろう。
 チャンスさえあれば、絶対に――。

「いいよ、解った、手は出さないよーにする」
 しかし、俺はこう答えるしかなかった。嘘ではある。でも、事実でもある。
 自分の命を守るなんてこと、考えたことはなかった。それが俺の自慢でもあったというのに。
 くそ、くそ、くそ。
 獲物を前にして、どのくらい我慢できる? どれだけ理性が働く?
 でも、やるしかない。
 プライドなんかくそくらえだ。

「感謝する、アクセル・ジュニア」
 やがて、ボスは少しだけ笑って息を吐く。「君はもう少し、お父上の性格を受け継げばよかったと思うよ」
「無理」
 俺が短い返答を返すと、彼はこの部屋を出ていった。そして残ったのは空調の音だけ。
 ベッドの上にあった枕を手に取り、思い切りドアに向かって投げつけたが、苛立ちが解消されることはなかった。

ホームベーカリーを買いました。

f:id:neko_hon:20170903112958j:plain

ずっと前から気になっていた、ホームベーカリー。

いつか買おうと思って色々調べておきました。

安さか、人気機種か、ちょっと高くても評判が高いやつがいいか。悩みつつ、価格コム辺りで口コミやら何やらを見てました。

 

パナソニック象印、タイガー、ツインバード、シロカ、MKと色々なメーカーがそれぞれの利点を持って販売している感じ。

残りご飯を使ってもっちりパンがやけるよ! とか。

パンの耳がかりっと美味しいよ! とか。

専用ミックス粉の種類もたくさん出ているよ! とか。

 

全体的には、一番売れているメーカーはパナソニックなのかな、と思います。

 

でも、電気屋さんで見かけたタイガーの「GRAND X やきたて KBX-A100」が意外と安かったので、衝動的に買ってしまいました。

店頭在庫品限り、税込み二万。

 

そりゃもう、買った! ってな感じです。

 

「GRAND X」ってマツコ・デラックスがイメージキャラクターとしてCMを担当しているやつで、ちょっとだけ気になってはいたんです。

で、下調べをしていた時に、ネットでは最安値で22000円から23000円だったかな。ちょいと高いなー、と思って悩んでた。

 

でも、電気屋さんで税込み二万と言われたら、「新商品が出るか、GRAND Xシリーズのホームベーカリーは製造中止か?」とか瞬時に頭の中で考えて思った。

 

今が買いだ!

今を逃したら、新商品でもっと高くなるか、手に入らなくなるかだろうし、と。

旧製品は、もうちょっと値下がりするかもなー、と思ったけど、思い立ったが吉日ってやつですね。

 

早速、ミックス粉を使って焼いてみた。

ミックス粉+分量の水。

いやー、簡単! 美味しい!

焼きたてのパンって本当に美味しい!

 

手抜き料理万歳、の私なので、買ったモデルに間違いはなかったな、と思います。

 

ドライイーストなどはマシンが自動投入してくれます。

ボタン押したら放置しておいて、3時間半後には焼き上がる。

焼けたら簡単に取り出せて、お手入れも簡単。

 

なんだかんだいっても、手間がかかれば使わなくなるのが家電。炊飯器並みに簡単だから使い続けるわけだな、と思うのです。

 

そしてホームベーカリーを買った数日後、ネットにタイガーのホームベーカリーの新商品が告知されました。

「IHホームベーカリー<やきたて> KBD-X100」

9月11日発売。

無添加グルテンフリー食パンも美味しく焼ける、というのが売りのようで。

うん、流行ですものね、グルテンフリー。

 

しかし、オープンプライスで予想価格は4万弱とどこかで見かけて思った。

 

勝った!(何かに)

 

旧商品とはいえ、およそ半額で買えたんだし、いいんじゃないかな。

ちなみにタイガーのホームベーカリーって、小さい角食パンが焼けるんですよね。他のメーカーは、山形の普通の食パンだけみたいだけど。

気が向いたら、色々作ってみようとは思うけど、基本的には写真のような普通のパンだけ焼いてると思う。面倒だから。

 

ちなみに、写真のパンですけども。

 

焼き型ケースに水を入れ、ミックス粉を投入し、ドライイーストケースをセットし、ボタンを押して「ピー」と鳴った後に。

 

パンをこねる羽根を焼き型ケースにつけるの忘れたー! と、てんぱって無理やり粉を掻き分けて羽根を取り付けて焼き続行しました。

今日は膨らまないかも……と思ったけど、普通に焼けた。

何とかなるもんですね。

 

皆さんは、ホームベーカリーを使う時には羽根の取り付けを忘れないようにしてください。本当、びっくりした。

動画の前に流れるCMって心臓に悪い。

最近、インターネットエクスプローラーを開くと、マイフィードとやらにMSNのニュースやら動画やら大量に出てくるわけですが。

 

個人的には、ニュースとかならYahoo!を見た方が私的には好きです。全部ではないけれども、Yahoo!ユーザーのコメントがニュースについていたりして、ちょっとそれを覗いたりするのも楽しいです。

 

とはいえ、MSNのニュースやら動画にも気になるものがあると、ついアクセスしてしまうわけです。

 

が。

 

ここで不満を一つ。

可愛い猫の動画や犬の動画なんか、ホイホイアクセスしてしまう私への罠があるわけで。

それは、動画が始まる直前に、大音量で始まるCMです。これがまた、全く興味がない上に、大音量過ぎて動画を見る前に慌てて消す、ということを十回以上繰り返しています。

気が付けば、結局猫動画とか犬動画とか、そこで見たことはありません。

何十秒かの動画のために、CMを何十秒も見なくちゃいけないって、結構ストレスたまります。

それでも、ついアクセスして、心臓発作でも起こしそうなほどCMの音量にびっくりして、ああ、自分って学習しねえ……と思うわけですね。

 

大人しく、猫とか犬動画はYouTubeで見よう、と思う、そんな私です。

 

 

それと、全然話は変わるのですが。

スターをつけて下さった方に感謝! はてなのシステム、よく解りませんがめっちゃ嬉しいわけで。

創作小説 塔の上の契約者「やられたらやり返すのが普通でしょ?」その3

「何、言ってるの」
 私は彼女の傍に近寄って、その小さく見える塊を見下ろした。
 彼女の目はどこか虚ろで、それなのに狂ったような輝きも見て取れる。怯えているようなのに笑い、楽しそうなのに苦しげで、私が知っている彼女とはあまりにもかけ離れていた。
「ねえ、ちょっと」
 私はそれでも彼女に声をかけようとしたけれど、私の声は聞こえていないようだ。
 それは、私が死んでいるから。幽霊だから、ということ?
「ちょっと!」
 さらに声を張り上げる。「あなたのせいで! 私は!」
「おーいおい、ねーちゃん」
 手のひらの中で響くアクセルの声が、私の焦燥をさらに激しくさせた。
「何よ、殺してくれるって言ったって、あなたは何ができるのよ!? スマホの中で、何が!」
 そうだ。
 私はこうしてここにいるのに、和香を殴ることもできないどころか、声すら届かない。
「あなたに、何かできるっていうなら、こいつを殺してよ!」
「ちっ、うっせえなあ」
 アクセルが不機嫌そうにそう吐き捨てるように言った直後、手のひらの中で光が弾けた。それは、今まで見た光の中では一番淡く、弱い。
 でも気づけば、目の前にアクセルが立っていた。
 スマホの中の存在としてではなく、そこにいる実在の肉体として。
「え?」
 わたしはぽかんと口を開いただろう。いつの間にか私の手の中にスマホの形はなく、目の前のアクセルがそのスマホに視線を落としながら何か悪態をついていた。

 

「超能力者……?」
 私がそう呟くのを、バカにしたような目つきで見やり、大げさに肩をすくめる。それはとても嫌味なものであったけれど、不快感を覚えている心の余裕などなかった。
「干渉できるっつったっしょ?」
 アクセルはニヤリと笑って、ゆっくりと足元を見下ろす。
 私が彼と同じように視線を向けると、僅かに彼の足元にノイズのようなものが走ったことに気づく。奇妙な黒いブーツ、それ以外の衣服は全て白。身体にフィットしたシャツもズボンも、汚れ一つない。でもそれはホログラムのようなものだった。彼の存在全てが。
 生身の人間じゃない。
 私は改めて彼を足の爪先から頭の上まで、まじまじと見つめ直す。
「あなたも幽霊なの?」
「説明、めんどいんだって」
 彼が持っていたスマホの画面を私に見せてきた。
 その中には、アクセルの姿があった。ただし、気を失って机の上に突っ伏している恰好で。
 そして、こうして私とアクセルが会話しているというのに、足元に蹲る和香はそれすらも気づかない。
「あなたも幽霊だけど、干渉できるってことは……和香と会話できる?」
「会話ぁ? こいつとか? そりゃできるけど」
 アクセルがその場にしゃがみこんで、目を細めながら和香の顔を観察している。「きったねえツラ。こりゃ、あんまり楽しめないかもなあ」
「何の話?」
「んー」
 アクセルはその場にしゃがみこんだままの姿で私を見上げる。普通、こういうのは不良というか、ヤンキーというか、まあ、あんまり関わりたくない人たちがよくやる恰好だと思う。でも、それが似合ってしまうというのは、美少年だからだろうか。
 そして、そんなことを考えている私というのも何だか変だった。
 朝までの私は、あれほどまでに空虚な人間であったというのに。
 何だか今は、何の悩みもないような……。
 死んでいるから、だろうか。
「結構ね、俺が持ってる力って危ないんだよね」
「危ない?」
「そ。俺はこうやって、色々なところに意識だけ飛ばすことができる。肉体は元の世界に置いたままでね」
 彼はまた、手にしたスマホを持って軽く振った。
「別の世界、だよね?」
「だね。文化も何もかも違うし、司法システムだって違う」
「何て国なの?」
「それ、必要な説明?」
 一瞬だけ、私は考え込む。そして、首を横に振った。
「……で、危険って?」
「うん? 意識と肉体が切断される可能性があるってこと」
「え?」
「戻れなくなるってこと。こっちの世界から、元の世界に」
「え、でも」
 私は眉を顰めて続ける。「身体は元の世界にあるんでしょう?」
「まーね」
 彼は低く唸りながら唇を尖らせた。「なんつーかさ、俺はさっきの部屋に閉じ込められてるんだよね。許されるのは、他の世界の覗き見。それと、探検」
「探検してどうするの。戻れなくなる可能性があるんでしょう?」
「うん。別の世界に意識を飛ばして、干渉する時に使う力の具合ではね、戻ることに失敗する。肉体だけあっちに残して、異世界空間の迷子ってやつになる。実体化にはリスクも伴うけどさ、やっぱ、楽しいんだよなあ」
 アクセルはそこで、床に転がっていたからのペットボトルに手を伸ばした。
 この部屋は、とても片付いているとはいえない状況だ。掃除なんてほとんどしていないんじゃないかと思えるほどに、飲み物の空き缶やペットボトル、コンビニのお弁当のゴミ、使い終わった割り箸、脱ぎ捨てられた靴下や洋服、洗濯籠に積まれたぐちゃぐちゃの洋服の山が雑然と存在している。
 手を伸ばせば何かのゴミがある、そんな中のひとつであるペットボトルに、アクセルは触れた。
 その瞬間、ペットボトルが転がった。

 

 和香が一瞬だけ遅れてそれに反応する。
 動いたペットボトルに視線だけ投げやって、身体を硬直させる。
 そして、少し離れた場所からドアが開く音が聞こえた。どうやら、和香の母親が玄関から出て行こうとしているらしい。鍵が外からかけられる音が続いて、その場に静寂が戻ると和香が恐る恐るといった様子で立ち上がろうと動き始めた。
「ねえ、あんた、ユーレイとかいうの信じる?」
 急にアクセルが和香に声をかけて、彼女の肩がびくりと震えた。慌てたように彼女が辺りを見回した瞬間、どうやら彼女の目に見知らぬ少年が映ったらしい。小さな悲鳴と、もがくようにばらばらと動く両足、両手。
「誰!? 誰よっ!?」
 和香の声は掠れていて、かろうじて聞こえるといったくらいの音量にしかならない。
「俺はどうでもいいんだ。あんた、すっごい恨まれてるよね? 身体がバラバラになって死んだやつにさ?」
 楽しげなアクセルの声は、この場には似つかわしくないものだった。
 和香はその言葉を理解するのに少しだけ時間を必要としたらしい。でも、すぐにその目に怒りの感情を浮かばせた。
「何を言ってるの? あんた、誰よ?」
「んー、説明めんどい。とにかく、急ぐぜ」
「何が、よ!」
「だからさ、あんたはバラバラになったやつに恨まれてる。そして、俺はあんたを殺すように頼まれたってわけ」
「はぁ!?」
 和香はその場に座り直し、痛みに身体中を震わせながら、さらに怒りにも震えていた。「あの女が何よ! 殺すように頼まれた? 幽霊? バッカじゃないの!?」
「……この女、うるせえなあ」
 アクセルが深いため息をこぼし、私を見る。和香も驚いたように私の方を見た。でも、その視線は宙を彷徨い、すぐにアクセルへと戻る。その口元には笑みの形があった。
「……何よ、まるでそこにあいつがいるみたいじゃない?」
「いるよ」
 アクセルは私を指さした。でも、和香はもう私の方を見ようとはしなかった。
「バカみたい。あいつは死んだ。惨めにね!」
「何で?」
 私は思わず呟いた。「何でそこまで嫌われる理由があったの?」
「何で嫌いなのかって訊いてる。あんたのそばで」
「幽霊が?」
 和香は肩を震わせながら笑い、アクセルを正面から睨みつけて続けた。「別に? 嫌いだから嫌い。それでいいでしょ?」
「だそーだ」
 と、アクセル。
「納得いかない」
 と、私が言うと。
「話せって言ってる」
「むかついたからよ」
 和香がよろけつつ立ち上がり、ゴミを蹴飛ばしながら隣の部屋である台所へと向かう。ダイニングテーブルと椅子はあるものの、そこで食事をできる状態なのかというのは疑わしい。でも、彼女は乱暴にテーブルの上にあったゴミを手で押しのけて、床の上に落とす。
「あいつ、昔から嫌いだった」
 彼女は椅子の上に腰を下ろし、テーブルに頬杖をついて表情を歪めた。それはきっと、頬にも目立つ痣があるから。きっと、そこが痛みを訴えたから。
 和香は露悪的な笑みを作る。
 いつも、私に向けていた悪意しか存在しない笑顔を。
「母子家庭とか言ってるのに、いつも平気な顔して笑ってるのも。他の連中と同じようなふりして、幸せそうにしてるのもね、むかついて仕方なかった」
「あんたんとこも母子家庭?」
 アクセルがゴミを蹴飛ばして笑った。「さっき、あんたを蹴ってたのは母親だろ? 掃除もまともにしてなさそうだし、あんたのこと、嫌ってそうだけど、それでも大切な母親ってやつか?」
「ただのクズよ」
 和香は吐き捨てるように言った後、ゆっくりと自分の頬を撫でた。「あいつも死ねばいいのに。そうすれば、この世界が少しは綺麗になる」
「へー、じゃあ、あんたは?」
「何が?」
「あんたも死ねば、この世界は綺麗になるんじゃねーの?」
「……かもね。でも、あたしは生きてる」
「生きる価値ってあるかい? この世界は生きてても楽しくないだろ?」
「バカなの? 死ねば負け、生き残った方が勝ち。生きるのが楽しくないのは当たり前だけど、嫌いなやつが死ねば少し幸せになれる」
「そんなもんかねえ?」
 アクセルは不思議そうに首を傾げ、そんな彼を見つめる和香の表情も少しずつ緊張がゆるんでいくのが解った。
「……あんた、本当に誰? それとも、何? 霊能者ってやつ?」
「何だそれ」
「違うの? それとも、ケイコが雇った便利屋か何か? あたしを殺そうって?」
「何だそりゃ」
「でもね、そう簡単に人を殺せるわけない。あたしだって……何度、あいつを殺そうと思ったかしれないけど、殺せなかった」
 そう言った和香の目は、一瞬だけ暗く濁る。
 そしてアクセルの瞳は、とても澄んでいた。
「母親を殺せなかったから、代わりに母親より弱いやつを殺した?」
「殺してないよ。勝手に死んだだけ。あたしは何もしてないのに」
 和香が嗤う。あまりにも見慣れた表情。以前と変わらぬ、その笑顔。

 

 彼女はこうやって、私を何度も殺すのだろうか。
 私の死は、彼女にとって楽しいだけのことだった。
 私の死で、彼女は厭な思いなんて何一つしていない。
 私の死で、彼女は苦しむこともなく、こうやって笑っている。
 それを見せつけられて、私はまた絶望している。

 

 私の死は。
 無駄な行為だった。
 和香を傷つけることなんて、何もできず。

 

「出てってよ」
 和香のその声で我に返り、私は顔を上げた。和香は、アクセルという存在を急に警戒したようだった。
「もう充分でしょ? ケイコに何を頼まれたんだか知らないけど、あいつは死んだんだから、もう終わり。だから、もう出てって。出て行かないなら――」
「だから、殺すんだって」
 アクセルは子供に言い聞かせるように、優しく言葉を発音した。「あんたの話を聞いたのは、そこで突っ立ってるヤツへの単なるサービス。後は、俺の時間」
「本気で言ってるわけじゃないでしょ? 簡単に人殺しなんてでき」
「できるんだな」
 アクセルはそこで和香のすぐ目の前に立って、その右手をゆっくりと上げた。
 その手の中にあったのは、スマホだったはずだった。でも、鈍い光を放ちながら、その形を変えていく。
 細長く、鋭く、鋭利な形。
 それは、ナイフのようなものへと変化して。

 

 和香が顔色を変えた。
「警察、呼ぶから!」
「何それ」
 アクセルは逃げようとする和香の髪の毛を掴み、そのまま自分の方へと引き寄せた。暴れる和香を簡単に押さえつけ、その耳元で嬉しそうに囁く。
「ボスとの約束。その世界に干渉する時は、誰かの許可を得た行動のみすること」
「離して」
「ありがとう。すっげえ久しぶりで、ぞくぞくする」
「ちょっと、ねえ!」

 

 そして。
 アクセルはそのナイフを和香の喉に押し当てて、ひどく優しく横に引いた。

 

 和香は言うなれば、クラスの中にいる女帝だった。
 周りに味方がたくさんいて、恐れるものなんて何もない。
 だから、警戒心というものはあまり感じられない人間だった。ずるがしこく、自分の立場を守るために嘘をつくことも多かったけれど、その嘘が白日の下にさらされるなんてこともない。
 仲間という群れの中で、小さな帝国を築いた女帝は、今、敗者となる。

 

「やめて、嘘」

 

 ――やめて。
 私は、一体何度、今までその言葉を口にした?
 絶対に報われない言葉。願い。

 

「嘘でしょ。痛い」
 和香が自分の喉を押さえ、そこから流れ出る血を傷口の中に押し戻そうとして、咳き込んだ。
 床に倒れ込んだ彼女は、さっきまで彼女の母親に暴力を受けていた時のように、ただ憐れな格好を見せている。

 

 悲鳴を聞きながら、私はぼんやりと考えた。
 こんなの、全然楽しくない。
 誰かを傷つけること。攻撃すること。
 不快感しか生まれない。
 あんなに、あんなに憎み、殺そうと思った相手が命乞いをしている様は、私の気分を楽にさせてはくれなかった。

 

 こんなの、全然楽しくない。

 

 私はそのまま、近くの壁に飛び込んだ。身体がすり抜けて、目の前に広がったのは小さなベランダと、曇り空。
 ベランダの柵は掴むことができない。もう、死んでいるから。肉体はここに存在しないから。
 私はただ、それほど高くない場所から地面へ向かって倒れこむ。
 ホームに滑り込んできた電車の前に倒れこんだ時のように。

 

 骨が砕ける音が聞こえた気がした。

 

「おーい、おいおい、ねーちゃんよー」
 アクセルの声も、微かに遠く。